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Walk With God Ministries

23 07月

日本からもどりました  坂柚実子 7月23日



日本からもどりました(2009年夏の日本旅行報告)

6月3日から7月10日までの日本旅行を終えてハワイに無事もどりました。その後の10日間は旅の疲れを癒しておりましたが、ようやく元気になってきました。旅行中私は疲れることもあまりないのですが、帰宅するとどうしてもほっとして疲れがでます。主人などは、帰宅してすぐにベッドにゴロっとした(玄関からベッドまで8歩くらい)と思ったら、その30秒後にはグーグーと寝ておりました。靴もはいたまま、眼鏡もかけたままで、そのまま寝ること数時間。少し食べて、また寝ること数時間、というような具合でした。

とはいえ、この38日間、皆様のお祈りに支えられて無事過ごすことができましたことを先ずは心から主に感謝いたします。特にこの旅行中、私たちのホームベージを読んでいてくださる方や、各地で主人の本を読んで神との関係が親密になったと言われる方々にお会いできたことは、私たちにとって大きな励ましとなりました。それでは旅の報告をこれからぼつぼつとさせていただきます。

6月3日 ホノルル空港にて。前日の夜から何の理由もなく突然痛くなった主人の左足がもっと痛くなって歩けないというので、空港で車いすを頼む。午後5時に飛行機出発。この足の痛みは以前にもあったこと。

6月4日 夜8時半、関西空港に到着。主人は車いすで、そのまま直ぐ前の日航ホテルへ。チェックイン後ホテルの車いすに乗り換えて部屋まで行く。サービスがよくて感謝。
車椅子に乗った主人


6月5日 朝になって主人の足は何とかびっこを引いて歩けるほどまでには良くなったので、車いすのサービスは断る。
昼過ぎに私たちは親しくさせていただいている吉本ご夫妻が最近始められた高畑コイノニヤ教会へいく。家の教会としてこれからの発展を期待する。そこには親しい 関西地区の方々が 来てくださり、最初の短い集会のあと近くの岩清水八幡宮(京都)に祈りの歩行に出掛けた。そしてそこに入った途端に主人の足がぴたっと癒された。緊張感があった。夕食後に皆さんと踊ったイスラエル・ダンスの時も主人は自由に踊ることが出来た。ハレルヤ!最近は日本を訪れる度に敵の嫌がらせ的な攻撃が来ることは「よいしるし」なのだろうか。
祈りの歩行をした神社の前で皆さんと。


九州旅行6月6-9日 

6月7日は永野誠治先生の別府フルゴスペル・イエスキリスト教会にて聖日礼拝。牧師夫人のワーシップリードでのすばらしい賛美。彼女の頭上を霊の鳩が舞うヴィジョンを見た方が以前あったそう。この教会は自由に踊る方もおられて解放されている。

午後は大分カルバリ・チャーチ 橋本 守先生の教会へ移動。三時から「あなたのビジネスを励ます会」と銘打っての集会。ノンクリスチャンのビジネルマンの方々にお知らせをしたとのことだが、来られたのは予想した人とは別の人たちだったとか。すべて神様のご計画の内である。
主人はこの日のためにアメリカの経済の動向についてかなりの準備をして来た。これが今回の旅行のメイン・テーマである「この世の経済と神の経済」の基調メッセージとなる。折からの経済恐慌で他地区に比べ打撃が大きいと言われる大分にこの教会を通して御国の大いなる祝福がもたらせるように祈る。

別府の永野先生と大分の橋本先生、同じく大分の釘宮先生は、年に二回、合同の集会をしておられるとのこと。三人の牧師がそれぞれの賜物を生かしての集会で、三つの教会からの参加者はみんな非常に恵まれるとのことであった。五役者が一つの教会にはそろっていないのがほとんどである現在、このような合同の集会は大変意義が深いと思った。
写真は、橋本邦光伝道師、橋本夫妻、私たち、 永野夫妻。


6月8日 福岡県八女市八女フロンティア・チャーチに近藤雅子先生を訪ねる。ここでのハイライトの一つは、前回も訪ねた野田国義氏の選挙事務所に行くと、幸いにも野田夫妻にそろって会うことができたこと。主人は夫妻と政治の話をした。いよいよ選挙が近づいてきている。古賀氏との対戦も話題になっている。クリスチャンの政治家が大勢出ることを祈ってやまない。
写真は近藤先生、野田氏、主人。


翌日は近藤先生と共に、最澄の開基と伝えられる天台宗の大寺院清水寺を訪問。この寺は雪舟が造ったといわれる庭園があることでも有名。この寺の鍋島住職夫妻と会うことができた。数年前グルーバー先生と一緒にお会いしている。住職は非常に博識な方で、キリスト教への理解も持ち、主人とアメリカの霊的、経済的現状について話が弾んだ。お土産に住職から高価な御香をいただき感謝する。
写真は私たち夫婦と近藤先生、清水寺住職鍋島さん


主人は、八女で政治家やお寺の住職の方とお話ができたことを、主からの特別のお計らいとして非常に喜んでいる。近藤先生は町中で主が示される人々なら、市長であろうと、お寺の住職であろうと、又、仏壇屋さんから、眼鏡屋、薬屋、花屋さんに至るまで親しくイエスの話を何度でも伝えにゆく、立派な地域をトランスフォーメーションする御国の担い手だ。(続く)


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18 07月

悲しみ、けれど勝利 グラハム・クック  7月18日


悲しみ、けれど勝利

グラハム/クック 


それはいつもと変らない土曜日のことでした。ランチを食べながらラグビーの試合でニュージーランドがフランスをやっつけるのを見ていたとき、私の携帯電話が鳴り悲劇の知らせが入ってきたのです。ミニストリーのチームリーダーであり親しい友人であるデイヴィッド・クローンのお嬢さんであるエイミーが、心臓発作で死んだというのです。

妻のテレサと私が病院に駆けつけ、救急室にいるエイミーの家族と友人たちに会いました。 ブリリアントブックハウスという私の出版社で働いている娘のソフィーと友人のケリーもやってきて、泣きながらハグしていました。みんな打ちのめされました。非常に愉快で、創造的で、パーティーを盛り上げ、二人の子どもの母親でもあるあのエイミーが死んでしまったって?

私はエイミーが横たわっている部屋にそっと入りました。母親のデボラはベッドに伏して泣いていました。父親のデイヴィッドはエイミーの足もとに座ってうな垂れていました。親しい友人であるマークとタミーが二人を慰め支えていました。検死官が来て死体を運びだすまで、私たちはハグし、祈ったり慰めたりしていました。

それから、デイヴィッドとデボラは病室から弱々しく出て来て、みんなにお礼を言いハグしました。私はデイヴィッドが「何か必要なものはないですか?何かお手伝いしましょうか?」というのではないかと一瞬思ってしまいました。というのは、彼は会うと最後にそう訊くのが常だったからです。二人が手をつないで駐車場を横切って行く姿を見るのは胸のつぶれる思いでした。

それから少しして、私の携帯が鳴りました。「一緒にエイミーの復活のために祈って欲しい」というデイヴィッドからの電話でした。勿論ですよ、祈りましょう、、、実際になんと言ったかは覚えていませんが、この時ほど死に対して戦いたいと感じたことは今までありませんでした。その晩、ボブ/ブック夫妻と私たち夫婦は、翌朝のミッションでの集会を計画しました。

クローン家の人たちは彼らの家で集まり、そこで戦いをすることになっていました。遺族が戦いの場の出てくると人びとが集中できなかったり、悲しみやショックを与えるかもしれないという配慮からでした。この戦いの知らせは世界中に発信されました。親しい友であるレディングにあるベテル教会のビル/ジョンソン夫妻もデイヴィッドとデボラへの愛のためにすべてを置いてこれを優先してくれました。アメリカや多くの国々の人たちが一つになって祈ったのです。

翌朝、ミッションでもたれたその集会はずっと長く私の記憶に残ることでしょう。一致の霊がこのような熱心さと喜びをもって顕わされたのを私は見たことがありません。ワーシップは本当にすごいものでした。それはイエスの素晴らしさをたたえる真実なすばらしいセレブレーションでした。私たちはみな我らの神、主をほめたたえ喜びました。ワーシップの中で人びとは、自分の体験から真理だと知る神の麗しいご性質を喜びたたえました。神の慈しみを完全に信頼していることを表現するものとして、賛美と感謝を捧げたのです。

嘆きの祈り(ラメンテイション)は地上に存在する賛美の中で最高のものです。それは地上特有のものです。天国でそれをまねることはできません。なぜならば天国には涙も悲しみもないからです。嘆きの祈りは天ができない何かを私たちにさせるのです。それは即ち、私たちが苦しみの極みにいるときにさえ主をワーシップすることなのです。

嘆きの祈りは「そうではあっても though」と「しかしやはり yet」を常に伴います。(ハバクク3:17−19、ヨブ13:15参照) 担いきれない悲しみを負い 苦しみの極限の中にいる私たちが、「そうではあっても」「しかしやはり」主をほめたたえるのです。 

主をほめたたえるとは、高揚し、興奮し、大喜びで楽しいという状態でセレブレーションをすることです。しかし、神は私たちに嘆きや重荷を忘れなさいという要求はされません。主はそれを捧げものとしなさいと言っておられるのです。主の偉大さと麗しさの中に嘆きを携えて入っていくのです。それを使うのです。主を喜ぶことが出来ないという正当な理由は、絶対どこにも見つからないのです。嘆きの祈りは、父なる神の慈しみ(愛)の中に私たちを招き入れ、そこで私たちの涙は熱い崇拝の祈りと一つに溶け合い、私たちに先立って苦しみ・悲しまれた主が既に占めておられるその場所にゆくのです。このときまさにワーシップが栄光の領域に入っていきます。

霊的なコミュニティーとして私たちは今、開かれた天の下で生きること、主と同じ姿に造り変えられること、イエスがされたと同じことを行うこと、天から地にむかって生きることを学んでいます。私たちは「天になるごとく地でもなるように」という事を、学び、 訓練を受け、成長しようとしています。まだまだ道は遠いですが、みんな情熱的にリアルなクリスチャニティーを追い求めているのです。

雲のような多くの証人に取り巻かれているというように私は感じました。ある時点で、私たちの賛美は天を突き通しました。何百人もが喜びながら、一つの心、一つの思い、一つの声と霊をもっていました。ワーシップが一段と高まり、私たちは天の賛美と合流したのです。その歌声は本当にものすごいものでした。その日はバンドのメンバーの半分は旅行中だったので、バンドの演奏はしないことになっていました。ですからその時いたのは、ギターのボブとピアノのバイロン、ジェンベのネドだけでした。しかし、突然私たちは全員、聞いたことのない音楽を聞いたのです。それはほんのつかの間の間で消えていきましたが、私たちはあっけに取られ、びっくり仰天し、そしてもっと広い心を与えられてそこに立っていました。

私が手短かにヨハネ11章とマルコ5章から話しました。ラザロとヤイロの娘の話です。イエスは人の死を、そこから覚めることのできる眠りとして話されました。私たちのミッションでは神が私たちのためにどのようなお方であられるか、また何がお出来になるかを全面的にすべて信じています。主の慈しみを喜び、主の力と御心を信じる信仰に堅く立っています。荒廃と退廃と絶望の中で苦しむ世界に、神の慈しみと憐れみを持ち運ぶことを学んでいます。私たちの願いは奇跡、しるし、不思議をもってこの地に天をもたらすことです。命の主の権威を持ちたいのです。ですから私たちはどんな状況の中にあっても喜びをもって戦うことを選びとっているのです。

私たちは一つ心で 祈りました。声を一つにして命に戻るようにと命じました。丁度父の日だったのですが、それは何とふさわしい日だったことでしょう。それからの数日、私たちは小さなグループごとに復活の力を信じる喜びの宣言を続けたのでした。

エイミーは私たちのもとへは戻ってきませんでした。かわいくて、楽しいことが好きで、みんなを笑わすのが好きで、宗教的でない(教会中心の宗教的なキリスト教を嫌っていました)エイミーは、喜びに満ちあふれた素晴らしい天から戻ってはこなかったのです。

葬儀は型破りでした。全くクローン家らしいもので、預言的先駆者的スピリットの傑作とも言うべきものでした。教会での記念礼拝はありませんでした。(エイミーはそんなものはきっと嫌だったでしょう。)そのかわりに家族友人が少数墓地に集まりました。普段の服装で、という指示をみんな受けていたので、ジーンズや明るい色の服装が多く、フォーマルな装いの人はいませんでした。大きなリモジンが二台が到着し、そこからクローン家の人たちが出てきました。 バグパイパーがアメイジンググレイスを吹く中、彼らは車のトランクからクーラーを二つ取り出しました。

私たちはエイミーの棺の回りに集まり、デイヴィッドとデボラがエイミーの人生を感動をもって語りました。人びとが次々にエイミーの思い出を語り、みんなは笑ったり泣いたりしました。エイミーの神への情熱は、人生にどんなに辛いことが起こっても失われることはなかったのです。みんなは大声で笑ったり、同時に涙を拭いたりしていました。一人ひとりにピンクの花が渡され、棺の上にそれを置いて最後のお別れをしました。

クーラーからシャンペンとサイダーが取り出され、誠実で、独立心があり、自由な精神をもったエイミーのために、みんなで乾杯をしました。(彼女が今ダビデ王に、主の前で踊る本当のやり方を教えていることは間違いないところです。)ビル/ジョンソンが、人の死を正しく悼むことの重要さについて短い、しかし感動的な話をしました。それは心に中に喜びと悲しみの両方を自由に働かせることが大切であり、どちらかを抑えるのは害になること、けれども一日の終わりには常に喜びが勝つようにするということでした。彼はまた、神に対して私たちが真実であり続けるように、そしていのちのために常に戦うようにという励ましを与えてくれました。 アーメンです。

翌日私は中心的なリーダーであるボブ/ブックスとダン/マコラムと共に、デイヴィドとデボラに会い、次の日曜の集会について話し合いました。私たちは又笑ったり泣いたり、おいしいクッキーを食べたりしました。

日曜日の礼拝は満員でした。エイミーの人生を祝うために世界中から人びとが集まりました。それは感動的であり、また、楽しさ、悲しさ、素晴らしさを混ぜ合わせたものでした。大いなる喜び、大いなる家族、大いなるコミュティー、大いなる一致。

私たちは復活を勝ち取ることはできませんでした。それは私たちが信じるものから一歩敗退したことでしょうか? もうリスクはとらずに最大限の安全圏に留まるほうが賢明ということでしょうか? それとも一段進んで「御国が来ること、御こころがなること」を見る決意を新たにする時なのでしょうか?

私たちこそがその信念を決して失わせないのです。 私たちは、イエスと常に共にいることによって敵を倦み疲れさせる計画を持っているのです。 決して絶えることのないリアルな神の御国に対する私たちの喜びと情熱は、ついには敵を疲労困憊させるのです。神がエイミーを取り去られたのではありません。 彼女は敵に盗み取られたのであり、私たちはその代価を敵に支払わせるのです。

私たちの信仰宣言はダニエル3:13−18に書かれています。バビロンに連れていかれた3人が、王の金の像を拝まなければ酷い死を遂げると言われた話です。彼らの返答は正面からの宣言でした。
「私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

これは自分たちの決意を予め表した言葉です。彼らは王の前に出る前に自分たちの決意がどのような結果をもたらすかを知っていました。どのような代価を払うことになっても、彼らは自分たちの信念を崩すことはありませんでした。彼らがヘブル人であるという心からの全面的な表明でした。

私たちのコミュニティーは、この悲劇を通して一つとされ、どのように進んでいくべきかを定められました。私たちは新しい地へと呼びい出され、霊的に引き上げられたのです。これから私たちは次のことを求めていきます。

地上の天国
主と同じ姿に造り変えられること、
イエスがされたと同じことを行うこと
さらに大きなわざを行う

私たちは神の栄光を求め続けます。神の御性質、愛、憐れみ、恵み、親切、喜びを抱きしめ受け取ります。人生を神の慈しみの目で見ることを選びとります。復活、癒し、奇跡、力、豊かさを私たちが見るところとなり、しっかりと捕まえ、それが日常茶飯事となるまで追い求めます。

今私たちは一つのコミュニティーとして定義されるための新しい決意を形作るプロセスを通っているのです。もう引き返すことはありません。(終わり)


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18 07月

奥義を孕む ビル・ジョンソン 7月18日


奥義を孕む

ビル・ジョンソン



歴史はしばしば神と劇的な出会いをした人たちによって造られていきます。もしあなたがそのような出会いを経験したことがあるならば、それを人に説明するのはとても難しいことがお分かりだと思います。人が理解してくれなかったり、信じてくれない事があるままで生きていくことをあなたは学ぶのです。

あなたは主の臨在が満ちる中で説明のつかない不思議な体験をしたことがあるかもしれません。しかし、聖書や歴史上にそれと同じ体験をした人物を見つけることは可能です。私たちは皆程度の差こそあれ、神との邂逅を経験しています。しかし、マリアのような経験をしたものは誰もいないのです。

聖書は神と出会った人びとの話で満ちていますが、私のヒーローはイエスの母マリヤです。彼女が経験したことは、聖書にも前例がありません。神によって子を宿した人は初めてだったからです。 恐らく彼女は聖書の中で最も偉大なリバイバリストではないかと私は思うのです。彼女に投げかけられた質問を想像できますか?彼女は一生の間、私生児の母と呼ばれたのです。夫となる人も彼女を信じませんでした。天使が彼を訪れて神のご計画を啓示するまでは、ヨセフはマリヤとの婚約を内密に破棄しようとしていました。マリヤはリバイバリストとしての条件を備えていました。彼女が世界を変える何かをお腹に孕んでいたからです。

主の御使いがマリヤに現れたとき、彼女は「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」と答えました。

「御使いは答えて言った。『聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。、、神にとって不可能なことは一つもありません。』マリヤは言った。『私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。』こうして御使いは彼女から去って行った。」ルカ1:35、37—38

彼女の応答がどうしてそんなに深遠なのでしょうか?それはこのような答えは聖書の中にも全くと云ってよいほど見あたらないからです。彼女は御使いの言葉を理解できなかったにも拘わらず信じたのです。

マリヤは「どうしてそのようなことになりえましょう?」と尋ねました。御使いは「聖霊があなたの上に臨みあなたをおおいます。」と答えました。これはマリヤの質問に答えているでしょうか?答えていません。しかし彼女の神に対する答えは「あなたがそう言われるなら、私はお受けします。」というものでした。マリヤは神が宣言されたことを、すべて心にたくわえ思い巡らしていました。安全な場所にしまったのです。人は神が言われることに驚嘆することはできます。しかし、この物語の中では大勢の中で一人だけが神の言葉を宝物として心にしまったのです。これこそが歴史を形造ることに寄与した人達の人生に見られる共通の特徴です。マリヤは神が語られたことを理解できなかったにも拘わらず信じ、大事に胸にしまったのです。

マリヤと神の御言葉との関係は、彼女が自分の息子、受肉されたみことば、に出会う以前からあったのです。神の言われたことを、たとえそれが理解できなくてもお腹に孕む者は、「神にとって不可能なことは一つもありません。」という神からの啓示の実を孕むのです。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」ルカ1:45  (終わり)


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08 07月

占領から拡大へ ビル・ジョンソン 2009年7月8日


占領から拡大へ

ビル・ジョンソン


あるいにしえの戦士が「戦いは勝利するためであり、勝利は占領するためである。」と言いましたが、神の御国に関しては、私たちはもう一つ付け加えます。それは「占領は拡大するためである。」という言葉です。

主はイスラエルに約束の地を一度に全部は与えられませんでした。それは全領域を占領する力が彼らにはなかったからです。彼らの力で占領できる土地だけをまず与え、そこを基盤にして拡大していけるようにされたのです。拡大は天の御国を前進させるためには不可欠です。1タラントをもらってそれを地に埋めた男は、確かにそれだけは 守り通しましたが、主人から叱責されさんざんな目にあいました。というのは、彼は自分の持っているものを増やすために活用しなかったからです。(マタイ25:15—28)

拡大し前進するという見地で人生を見ることは大変重要です。この見方に立つときに、増え広がり昇格するための体勢が整うのです。ただ単に自分が占領して留まりたい場所を見つけるだけでは健全ではありません。あなたが前進しなくなった途端に、あなたは後退し始めるのです。


あなたの内の情熱が薄れてくるとき、あなたはすでに死に始めているのです。あなたは燃えるために生まれたのです。エリシャは王のところに来て、「矢で地面を打ちなさい。」と言いました。王は3度だけ打ちました。エリシャは非常に王に腹を立て「5回か6回打ったならば、敵を討ち滅ぼすことができたのに、今やあなたは3回の勝利しかえられない。」と言いました。王は情熱を持っていなかったので、神が彼に与えようとしていた油注ぎを受け続けることが出来なかったのです。そしてそれによって国も滅びました。リーダーに情熱が無い時、従う者たちの総てが犠牲になるのです。

情熱と油注ぎとは比例するのです。情熱のある人はリスクを取ります。御国の領域であなたが望むものは、リスクのある領域に踏み込み、困難という幕を突き抜けて行かなければ、一つも見つけることができません。過去のブレークスルーに惰性で頼っているだけでは、決して手に入れることはできません。あなたは拡大していくために生まれたのです。(終わり)


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29 06月

神の約束を祈る–ダニエルの不動の信仰  ビル・ジョンソン 6月29日 


神の約束を祈る–ダニエルの不動の信仰

ビル・ジョンソン


ダニエルは特別大きな好意を受けた人でした。ダリヨス王は彼を自分の右腕にしたいと思いました。他の者たちもその地位を狙っていましたが、彼らにはダニエルを誹謗するものは何も見つけられないことがわかりました。何か欠点があったとすれば、それはダニエルの神への愛ということになるでしょう。それはすばらしい欠点ではないですか、ただ完全にイエス中毒になっていることだけというのは。ダリヨス王は隙をつかれて、ある特定の偽りの神以外のものに祈る者は死刑に処するという布告を出してしまいました。

「ダニエルは、その文書の署名がされたことを知って自分の家に帰った。彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた。彼はいつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」ダニエル6:10

プレッシャーが掛かると、多くの人びとは自分のライフスタイルを変えてしまいます。ダニエルは布告が出されるまで待ちましたが、布告されると家に帰り、寝室の窓をあけ、そのそばでひざまずき、「ああ、神よ。またもやとんでもない布告が出されました。でも私はあなたとの関係を誰のためでも決して変えたりはしません。」と言ったのです。そして、人びとから見えるように窓の真ん前で主の前に日に三度ひざまずいたのです。彼は若いときから一日に三度主の前にひざまずき、感謝と祈りをささげることを習慣としていたのでした。

ダニエルの人生は厳しいものでした。人間的にいえば、地上で一番苦々しい思いを抱く男になっていてもおかしくありませんでした。彼はおよそ15歳のときにユダヤ人の中から連れ去られました。おそらく自分の家族はもう全部失っていたでしょう。彼は宦官にされ、王に仕える者とされました。ダニエルは最も劣悪な帝王を助けるための職を任ぜられましたが、神がすべてのことを回復されると約束された日のために祈りに専念したのでした。

幼い日から老人になるまでの長い年月、一日も欠かさずダニエルを祈りに駆り立てたのは何だったのでしょうか?それは彼が一つの約束によって捕らえれていたからです。それはエレミヤに与えられていた一つの預言であり、神は捕囚の期間が過ぎたらイスラエルを回復されるというものでした。ダニエルはその約束を信じて「とりこ」となり、毎日エルサレムに顔を向けてひざまづいて感謝を捧げていたのです。

イザヤ62:7に「主がエルサレムを堅く立て、この地でエルサレムを栄誉とされるまで、黙っていてはならない。」とあります。ダニエルは購われた者たちが癒されるというヴィジョンにしっかり捕らえられていたのです。彼が子どものときから大人になるまでずっと実行してきたまさにそのことが、非常に困難な状況の中でも彼を安全に守ったのではないかと私は思うのです。彼の命が狙われたときでさえも、約束を信じて祈ることが彼の生活のルーティーンになっていたので、彼は神が言われた約束が成就するのを見るために、必要ならば命をも喜んで投げ出そうとしたのです。(終わり)


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