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22 4月

第二次「アメリカ独立/南北戦争とアメリカ合衆国憲法」について(その2)


 

第二次「アメリカ独立/南北戦争

                 アメリカ合衆国憲法」について(その2

              

                                                                         リック・ジョイナー

 

2021年を迎えて ( 2月21日 MSJ リック·ジョイナーより) 

 

 

 昨年の世界的な試練を受けて、2020年が終わったことを喜ぶ人が多いのは理解できます。しかし、その大変な2020年に、人生を取り戻した人たちーー特に主への献身や家族への献身を取り戻した人、人生の優先順位を取り戻したという人の証しを聞くことの方がはるかに多いのではないでしょうか。この勢いで、すべての出来事から学び、試練を無駄にしないように決意したいものです。未来に希望を持つことは良いことですが、その多くは私たち自身にかかっていることを忘れてはならないと思います。

「喜びに満ちて」主の御前にとどまっている人にとっては、最悪の時でさえも祝宴のごちそうになります。もし私たちがそうでないなら、私たちは主から離れてしまったのであり、私たちにできる最も重要なことは、主を求めることではないでしょうか。(箴言15:15参照)

 

 新しい心理学の分野では、私たちは環境や経験の良し悪しで決まるのではなく、それらにどう反応するかで決まると言われます。主は「私たちのためにならないことは経験させない」と約束されています。ですから、どんな試練でも、それが私たちのためになると確信して対処することが基本的な信仰です。そうしないと、神が私たちを助けてくださることよりも、トラブルが私たちを傷つけることを信じることになってしまうからです。

 

   2021年は、ある意味で私たちが生きてきた中で最も激しい年として始まっています。しかも、その激しさが増していくことを示す良い証拠が多くあります。アメリカには南北戦争以来の多大な分裂があり、アメリカ政府はおそらくこれまでで最大の憲法上の危機に陥っています。

 ヘブル人への手紙12章によれば、揺らぐことができるものはすべて揺らぐと言われていますが、私たちには揺るがすことのできない王国があります。王国の原則に基づいて建てられていない、あるいは王国の原則から離れてしまった政府のすべての部分は揺るがされます。残ったものは揺るがない。これは、主からのすべての規律がそうであるように、良いことです。もし私たちが今、個人的に揺らいでいるとしたら、おそらく私たちは、移り変わりの多い政府のやり方に必要以上の期待を寄せ過ぎているのでしょう。….政府のリーダーシップに目を向けると、ほとんどすべてのことに対して提案されてきた彼らの解決策の中で、国中に大きな不和が増えないようなものは一つもないように思えます。

 

 私たちが何年も前から言っているように、人類のあらゆる主要な問題は、今や人間の手に負えるものではなくなっています。しかし、すべての問題に対して、実行可能な完璧な解決策はあるのです。それらは人間を超えていますが、神にとって不可能なことは一つもありません。私たちが直面していることを、神はいとも簡単に解決してくださいます。ですから、私たちのするべき仕事は、問題にではなく、常に神に注目し続けることです。

 

 友人がジョージ・パットンの言葉を送ってくれました。それは「過去の人々がどのようにして予測不可能な事態に対処したかを研究することで、未知の事態に備える」というものです。このような偉大な例は、すでに聖書という1冊の本にまとめられていて、今ほど聖書が時代にマッチし適している時はありません。

 

 私はフィットネス・トラッカーを身につけていますが、その測定項目の一つにストレスがあります。ある行動がストレス・レベルにどのような影響を与えるかを見てきましたが、ニュースを見ることは、ストレスレベルが大きく上昇します。一方、聖書をはじめ、主や信仰に関する本を読んだり、クリスチャンにふさわしい生活をしていると、ストレスは下がります。従って、私はストレスが下がることに多くの時間を費やしています。

 

 2021年を21日間の断食で始めるにあたり、多くの人がニュースを見るのをやめて、その時間を聖書の中で過ごすことを選びました。MSJの記事は配信される1ヶ月以上前に書かなければならないので、私たちの教会の断食はすでに終わっていますが、神は時間と空間に制限されないので、今からでも参加することができます。もしあなたがストレスモニターを持っているなら、これがあなたに与える影響を見てください。不健康なストレスレベルは、事実上すべての臓器はもちろん、免疫系にもダメージを与えるため、パンデミックや紛争が増えている今日、これは私たちにとってさらに重要なこととなるでしょう。

 ストレスは恐れと直結しているので、恐れではなく、信仰を深め、信仰に基づいて歩むことを決意しようではありませんか。

 

 ボブ・ジョーンズは、メディアを「世界最大のテロ組織」と呼んでいましたが、その理由は、メディアが常に恐怖を植え付けているからです。私たちは情報を得る必要がありますが、恐れや疑いを与える情報源に気を付ける必要があります。

 これらは、私たちができる簡単で基本的なことですが、健康や生活の質に大きな影響を与えます。もし私たちが主に近づいているのなら、不安ではなく、喜びが増しているはずです。なぜなら、「主の御前では喜びが満ちる」からです。(詩篇16:11参照)喜びのレベルは、私たちがどれだけ主のもとにとどまっているかを判断する良い指標となります。

 主の平安と喜びを持っている人は、世界が増大するストレスと暗闇の中で霊的に抜きん出た人たちで、このようなリーダーによって最後の収穫は大いに増すことでしょう。

 ローマ人への手紙14章19節には「そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。」と書かれています。この世のものが、最も安定していると思われる組織や政府でさえも崩壊している中にあって、私たちは建設するように求められています。物だけではなく、人を築くように求められているのです。私たちは毎日、誰かを築き上げることによって、世界を変えることができるのです。

 私たちが、主とその王国のために道を築き、準備するために用いられる第一の方法は、マタイ6:33-34に従うことです。

「だから、主の国と主の義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。 だから、あすのための心配は無用です。・・・」

 

 主は、私たちが主と主の王国を第一に考えて行動するならば、主は私たちが必要とするすべてのものを用意してくださると約束しています。主よりもよく知り、世話のできる能力を持っている人は誰もいません。究極的には主にのみ頼り委ねることーこれが私たちのすべての問題の答えであり、世界のすべての問題の答えでもあります。私たちが、全能の神からのこの祝福を受けないとすれば、それこそ、生きてきた者の中で最大の愚か者ではないでしょうか?

 

 

真理とは何か  

         (3月21日 MSJ リック・ジョイナーより)

 

    前回のMSJで、私は「真理は行進している」ということを書きましたが、一方で、この国では今ほど真理が捨て去られていることはないと思われるかもしれません。実は、この2つはどちらも真実なのです。政府、メディア、教育、その他あらゆる影響力を持つ場所で、真実は踏みにじられているように見えます。しかし、これは真理が勝利しているのではなく、真理が暴露されているのです。真理の御霊は、政府や社会、文化における欺瞞と腐敗の深さを明らかにしてくれます。真理の光が、闇の中にあるものを暴いているのです。

 

 イエスが十字架にかけられる直前に、「この世の君主(サタン)が追い出されようとしている」(ヨハネ12:31参照)と言われたことを考えてみてください。追い出されるのはイエスご自身のようでした。神の史上最大の勝利が、一時的には最大の敗北に見えたのです。神の勝利のほとんどはそのようなものです。ですから、私たちが約束していたことや期待していたことと反対のことが起こっても、決して絶望したり、希望を失ったりしてはなりません。

 

 真の信仰は、結果だけではなく、神に対するものであることを忘れないで下さい。これは、私たちが祈るときに具体的なことを求めないという意味ではありませんが、私たちが望むもの、望むとき、あるいは主が提供してくださる方法が、最善ではないこともあります。私たちは、外見にとらわれず、主を信頼することを決意しなければなりません。

 

 2020年の選挙では、ドナルド・トランプ氏が大差をつけて勝利したことが、調べれば調べるほど明らかになっています。詐欺と汚職の証拠は、誰が見ても明らかです。しかし、これまではそうではありませんでした。しかし、証拠に基づいて却下されたものは一つもなく、「スタンディング」に基づいて却下されました。これはどういうことでしょうか?

 「スタンディング」とは、もしあなたが不注意な運転手に怪我をさせられた場合、あなたにはその怪我に対する損害賠償を求める裁判権があるということです。しかし、そのような事故の目撃者であっても、怪我をしていなければ、明らかな理由により訴訟を起こす資格はありません。

 

 選挙の完全性に異議を唱えるすべての訴訟を、すべての裁判所が、これらの訴訟を起こした州や人々には原告適格がないと言って退けたのは、どういう意味でしょうか。不正な選挙によって傷ついたのは、たとえ候補者が勝利したとしても、アメリカのすべての市民ではないでしょうか。有権者の不正行為は、この国のすべての人の投票権を低下させます。このようなケースで正義を求めて訴訟を起こす権利がないと裁判所が言うのは、私たちにはもう本当の権利がないと言っているようなものです。

 最高裁を含むすべてのレベルの裁判所が、事件の証拠を調べることさえ拒否するこの戦略を取ったのはなぜでしょうか?このことは、前例のないレベルの不正選挙よりもさらに私たちが警戒すべき裁判所の腐敗のレベルを明らかにしました。ひとたび裁判所がどの政党にも支配されていることが明らかになれば、共和国は絶望的になる。このようなことから、ジェファーソンなどの建国の父たちは、「司法の専制」を共和国にとって最も危険な脅威と考えていたのです。

 

 共和国では、国民が指導者を投票で選ぶ、最終的な権威を持つ主権者であり、政府の全員が国民に仕えているのです。裁判所が、私たちにこの問題での適格性がないと言うことは、国民がもはや主権者ではないということであり、従って私たちは、もはや共和国ではなく、この不正行為を指示する者の下での独裁国家であると言えます。

 共和国では、憲法は「国の最高法規」です。つまり、主権者である国民であっても、憲法に則って行動しなければなりません。国民の主権は彼らの投票によって行使されます。今回の選挙では、不正行為によって票数が少なくされたことによって、自分の票を正しく数えてもらうという国民の最も基本的な権利が踏み躙らました。と同時に、国の憲法が踏みにじられたことを意味します。

 

 メディアやリベラル派は、今回の選挙には不正の証拠がないと言っていますが、実際には、これまで経験したことのないレベルの証拠が山ほどあります。この国でこのようなことが起こるとは想像もできないでしょう。今や、不正と腐敗が勝利し、真実、私たちの権利と、憲法が徹底的に打ちのめされたかのように見えます。それはまさに、悪魔とイスラエルの腐敗した指導者たちがイエスを十字架につけ、イエスが死んだのを見た人々は、そう思ったのと同じです。

 イエスは弟子たちに、「自分は十字架刑に処せられねばならない」「自分はそうして死ぬが、必ず復活する」と何度も言われたにもかかわらず、弟子たちは、イエスが死ぬと絶望してしまいました。復活が起こるまでは、彼らには復活が見えなかったのです。イエスが復活した後、彼らの信仰はかつてないほど大きくなりました。

 

 今回の選挙で暴露された政府の腐敗は、間違いなく私たちが夢にも思わなかったほどひどいものでした。それは上記で挙げた十字架刑で死なれたイエスを見て弟子たちがうちのめされたのと同じことが、アメリカでも起こったのです。

 それが、私たちがこのような目に遭わなければならなかった理由の一つかもしれません。それはアメリカ人が持った「自分たちが作り出した選挙方式」への「誇り」に対する主からの戒めであったのかも知れません。私たちは、公平・正当な選挙が行われることをもっと厳しく監視する義務を怠ったのです。その結果は大変な打撃を受けました。

 このようなことがアメリカで起こるはずがないと考えるのは慢心であり、それを許したのは明らかに開かれた扉でした。メキシコでは、私たちよりもはるかに多くの安全対策が施されていますし、私たちがよく嘲笑する「バナナの共和国」も同様です。神は高ぶる者には抵抗されますが、へりくだる者には恵みをお与えになります」(Ⅰペテロ5:5参照)とあるように、私たちにはへりくだる理由があります。

 私たちは、自分の国の腐敗の度合いを知る必要がありましたが、それ以上に謙虚さが必要だったのでしょう。弟子たちは、イエスが十字架にかけられたことでみなへりくだり、イエスが復活されるまでは落胆し、落ち込んでいたことでしょう。これらのことは、彼らがアパー・ルームでイエスの約束を待つ間に得た、かつてないほどの一体感のための準備となりました。この一体感こそが、聖霊が注がれるための準備でした。

 

 この国の重要性やこれらの出来事を、イエスの十字架と復活になぞらえているわけではありません。しかし、これらは多くの人間の出来事と並行しており、私たちが今、アメリカで経験していることとも重なります。共和国は一時的に死んだように見えるかもしれませんし、ある意味では死んでいます。しかし、復活の時があるのです。そして、聖霊の注ぎが来るのです。

 

 私は、2018年に見た夢の中で、来るべき第二次アメリカ革命・南北戦争は避けられない。しかしそれは成功するであろう。」と主から示されました。 決して希望と信仰を失わないでください。勇気を失ってはなりません。また、決して喜びを失わないで下さい。「主の喜びはあなたの力」 どんな人間の政府よりもはるかに信頼すべき私たちの主は、選挙に負けませんでした。それどころか、主は無敗であり、どんな戦いにも負けたことがなく、これからも負けないのです。

 

 詩篇2篇にあるように、すべての国が主との関係を断とうとして大混乱に陥っているとき、主は「天に座って笑っておられる」のです。私たちが主に寄り添っていれば、私たちもそうなります。これは、私たちの国が経験しているトラウマを笑っているという意味ではありません。この時代全体、そして「大艱難」までもが、悪魔と彼に従う者たちが、イエスを殺して倒したと思った時のように、やがて捕らえられるための神の罠なのです。( 続く)


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