わざをするのは主の御ことば ワンダ・アルジャー 2017年9月18日
わざをするのは主の御ことば
ワンダ・アルジャー(Dove Christian Fellowship)
多くの献身的なクリスチャンは、毎日の過密なスケジュールの中で、いつも山積みになっている自分がすべき「良いこと」のすべてをいかにこなしてゆくかに苦心奮闘しています。その結果、その時「最もすべきこと」に集中して十分力を注ぐことが難しくなっていないでしょうか。これは確かにチャレンジです。
又、何をするにも、欠乏したエネルギーでやっと仕事をするのではなく、あふれる力で働くすばらしさを私たちは皆知ってはいます。そのために主との深い交わりをする必要があることを分かってはいても、私たちは忙しさを理由に「すべてを巧くやらなければ」というパーフォーマンスの要求を満たすことをつい優先してしまいます。
そのような様々な自分自身の声に駆り立てられるうちに「世の中をよくしたい」という願望と「人から認められたい」という自分自身の思いが勝って、知らないうちに敵の“わな”にかかってしまうのです。
それは、自分がやっていることはこれで良いのだろうかーすなわち、本当に世の中を変えているのだろうかーを私たちは考え始めます。そして自分を人と比較し始め、いつも自分の足りなさを感じるのです。その結果、人に追いつくために頑張るとき、私たちは 恵みと心の平安をだんだん失っていきます。
私自身もこの葛藤を持っていたので、その対処方法を最近主に尋ねました。主がまず言われたことは、「立ち止まって、わたしのいうことに耳を傾けなさい 」でした。主は「心を静まらせる大切さ」を思い出させてくださったのです。それは私や、自己不信と戦っている者、何か不安を抱えている多くの者にとって、主からのレーマ(主が今語っておられることば)を聞くために不可欠なことでした。
「わたしはあなたの内で、そしてあなたを通して働いています。それはわたしがあなた(自身)のパーフォーマンスを要求するからではなく、わたしがあなたと結んだ契約の故に、わたしは(あなたの中であなたを通して)働いているのです。わたしはあなたを召し、わたしの目的のために聖め分ちました。わたしは誠実にあなたへの契約を守ります。あなたが迷ったり横道にそれた時でも、わたしの目的は変わりません。なぜならば、わたしがわたしのことばを語ったからであり、それは必ず成就するのです。
自分がどれだけ功績をあげているかと測るのを止めなさい。わたしはあなたの成績をつけてはいません。ただわたしが話したことを行ない、あなたが始めたことを完成することに忠実でありなさい。わたしはあなたのパーフォーマンスではなく、契約の故にあなたをわたしの栄光のために用います。あなたではなく、わたしのことばが業をなしているのです。」と主は言われました。エレミヤ1:12に「わたしのことばを実現しようと、わたしは見張っているからだ。」とあります。
これは驚くべき約束です! 私たちの成功は、私たちが主のために働くからではなく、神が私たちの内に働いてくださる結果なのです。預言者の中の預言者であられる主は、御ことばを私たちの上に語ってくださったのであり、その御ことばの成就を見ることに情熱を注いでおられるのです。自分で何かを起こそうと頑張り、神の御ことばより先に進んでしまう時、私たちは混乱、無秩序、不安に陥るのです。神が私たちのために設けてくださった恵みの境界線を越えて外に出るならば、そこに平安はありません。
詩編16:5−6「主は、私へのゆずりの地所、また私への杯です。あなたは私に受ける分を、堅く保ってくださいます。計り綱は、私の好むところに落ちた。まことに、私への、すばらしいゆずりの地だ。」
私はミュージシャンなので、「パーフォーマンス」に対する思いは私の身体にしみ込んでいます。始めはいつも「自分の最高の演奏をしよう」という良い意図で始めるのですが、それがいとも簡単に「競争」へと(それは他人との競争だけではなく、自分との競争へも)変化して行くのです。それに「宗教の霊」が加わって、あっという間に私は自分で勝手に決めた到達不可能なレベルに達するために、自分と競争してしまうのです。
従順とパーフォーマンスには違いがあります。従順は主から「言いなさい、やりなさい」と言われたことをそのまますることです。パーフォーマンスは自分が必要と考える何かを得るために、主が言われたことを越えてすることです。
私たちが「もっと」すれば、主は「もっとしてくださる」と思うところに偽りがあるのです。その結果「もっと一生懸命働き、もっと功績を上げるなら、もっと遠くまで、もっと高くまで私は行ける」という人間的な考えにひきずりこまれていくのです。
しかしながら、神の御国においては、「どれだけ速く走るか」とか「どれだけ高く上るか」ではなく、神が自分のために計画されたユニークな青図(ブループリント)にどれだけ忠実に従うかがポイントです。
比較することは私たちを殺します。それは他の人のためのレーンに入ってしまって、自分のユニークな道と目的を見失うことなのです。
主は私たち一人ひとりを召してくださいました。そして一人ひとりの上に御ことばを語ってくださいました。私たちが主に「はい」と答えた時から、主は私たちに与えられた主の目的を成就し、主が始められたものを必ず完成するという契約をかわしてくださったのです。何かを起こさせるのは、私たちの努力にかかってはいません。もうパーフォーマンスをするのはおしまいです。私たちはただ従順と安息、そして主がそれぞれに与えられた恵みの計りの中に、どのような時にも留まること、それだけでよいのです。他の人に追いつこうとしてパーフォーマンスをしなくてもよい。ただ主の御ことばに事を成していただく時、主の超自然的な恵みにより、私たちの人生やミニストリーにすばらしい実が実るのです。
あなたが自分の召しや任務を成し遂げるための恵みと安息の場を捜し求めておられるならば、パーフォーマンスや、奮闘を止めてください。立ち止まって主の御声を聞き、あなたのために備えられた道を歩きつづけてください。他の人達が全員走っているとき、主が「あなたは歩きなさい」と言われたとしても、それを忠実に歩む時、あなたは競争に勝つのです。それはあなたへの主の契約があるからです。(終り)